カウント・ベイシー 1932年

Count Basie 1932

ベニー・モーテン楽団のカウント・ベイシー

ベニー・モーテンは数少ない1931年の録音、4月15日以降大きく変貌を遂げることになる。1931年の冬、バンドのレパートリーを充実するために、当時最高のアレンジャーと歌われたベニー・カーターとホレス・ヘンダーソンから多数のアレンジメントを購入した。さらに31年の末に大幅なメンバー・チェンジを行った。これはモーテンの意志によるものか或いはメンバーが辞めたための補充かは不明だが、結果的にはバンドの力量が充実することとなった。
加えてそれまでの2ビート・スタイルを4ビート・スタイルに変更し、全体のサウンドをよりモダンな路線に改良した。解説の瀬川氏によれば、これは一般大衆にとっては高踏的に映り、取っつきにくいという印象を与えてしまったという。その結果1932年5月に開かれた恒例のカンサス・シティ・ミュージシャンの舞踏会で、バンドを辞めたタモン・ヘイズ率いるカンサス・シティ・ロケッツとのバンド合戦で惨敗を喫するのであった。そしてこの年行われた東部への遠征においても以前ほどの評判を得ることはできなかった(瀬川氏)。この楽旅興行は財政的に大失敗で、素寒貧で腹を空かせてキャムデンに到着した(シュラー氏)。実際クラリネット兼アルト・サックスのエディ・ベアフィールドは「我々は全く金を持っていなかったが、バスに乗せられてレコーディングのためにキャムデンに向かった」と証言している。
このような全く士気は上がらない状況で、1932年12月にヴィクターへの最後の吹き込むことになる。それが今回の音源である。瀬川氏は「皮肉なことに、バンドの士気は上がっていなかったにも拘らず、レコーディングの結果はモーテン・バンド史上最高の出来であったのである」と解説している。しかしガンサー・シュラー氏は「このバンド史上最高の出来」などというチンケなものではなく、ジャズ史上に残る重要な録音であるとする。曰く「オーケストラ的ジャズにおいて、ヘンダーソンや東部のバンドとは別個な着想を初めて提示した。これは、スイング時代に特有なスタイル上の冒険を飛び越して、モダン・ジャズやバップに至る歩みの、少なくとも一つを提供したのである」と。さらにシュラー氏は、「この日の録音に横溢する奔放な精神と楽しい気分を聴くと彼らの切迫した状況はとても想像できない。バンドは霊感に満ちた抑制を利かせてスイングするし、アンサンブルとソロの構造的な均衡が抜群で、セクション奏の時折の乱れも全体に漲る力強い抒情を損なうものではない」と述べている。詳しくは以下本編で取り上げていこう。
また解説の瀬川氏は全く触れていないが、テナー・サックスの巨匠となるベン・ウエブスターの初吹込みではないかと思われる。

「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ 第9巻 ザ・ビッグ・バンド・エラ 第1集」レコード・ボックス

<Date&Place> … 1932年12月13日 ニュー・ジャージー州キャムデンにて録音

<Personnel> … ベニー・モーテンズ・カンサス・シティ・オーケストラ(Bennie Moten's Kansas City Orchestra)

Band leader & arrangerベニー・モーテンBennie Moten
Trumpet”ホット・リップス”・ペイジ”Hot lips”Pageジョー・ケイズJoe Keyesプリンス・“ディー”・スチュワートPrince “Dee” Stewart
Tromboneダン・マイナーDan Minor
V-Tb、Gt & arrangeエディー・ダーハムEddie Durham
Alto sax & Clarinetエディー・ベアフィールドEddie Barefieldジャック・ワシントンJack Washington
Tenor saxベン・ウエブスターBen Webster
Pianoカウント・ベイシーCount Basie
Banjoルロイ・ベリーLeroy Berry
Bassウォルター・ペイジWalter Page
Drumsウィリー・マックワシントンWillie McWashington
Vocalジミー・ラッシングJimmy Rushing
[CountBasie_1930-32]

<Contents> … 「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第9巻/ザ・ビッグ・バンド・エラ第1集」(RA-52)&“Count Basie in Kansas City”(LPV-516)

record9-B-1、A-1.トビーToby
record9-B-2、A-2.モーテン・スイングMoten swing
record9-B-3、A-3.ブルー・ルームBlue room
record9-B-4、A-4.ニューオリンズNew orleans
record9-B-5、A-6.ミレンバーグ・ジョイズMilenberg Joys
record9-B-6、A-7.ラファイエットLafayette
record9-B-7、A-8.プリンス・オブ・ウエールズPrince of Wails
record9-B-8.トゥー・タイムスTwo times
A-5.ジ・オンリー・ガール・アイ・エヴァー・ラヴドThe only girl I ever loved

ディスコグラフィーを見ると、この日は10曲ほど録音を行ったようだが、「RCAジャズ栄光の遺産」には8曲、“Count Basie in Kansas City”にも8曲収録されている。そして「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ」に収録されていて“Count Basie in Kansas City”に収録されていないのは「トゥー・タイムス」1曲、“Count Basie in Kansas City”に収録されていて「RCAジャズ栄光の遺産」に収録されていないのは「ジ・オンリー・ガール・アイ・エヴァー・ラヴド」1曲、双方共に収録されていないのは、”Imagination”1曲である。「RCAジャズ栄光の遺産」に収録されていない2曲は男性コーラス・トリオのヴォーカル・ナンバーである。

「ベニー・モーテン」2枚目B面

1.トビー
「トビー」のリフ・コーラス アルトのエディー・ベアフィールドの作品で、キャムデンに到着してから作ったという。迫力に富んだ創造的な編曲である。ブラスとリードの強烈な合奏は、後年のベイシー楽団を予知させる面もあるが、むしろジミー・ランスフォード楽団に似ているような感じもするとは瀬川氏。この時のモーテン・バンドの主なソロイストが全員登場する顔見世的なナンバー。ダーハム(Gt)⇒ペイジ(Tp)⇒ウエブスター(Ts)⇒ベイシー(P)⇒ベアフィールド(As)⇒マイナー(Tb)⇒ダーハム(プランジャー・ミュートTb)とソロが回るというか同一人物が何度かソロを取っている。
ウエブスターのソロ・バックのリフのアンサンブルも特筆もので、この頃ペイジがソロを取ると興に乗れば50コーラスも続けて吹きまくることもあったというが、そんな時リード・セクションが各コーラスごとに異なるリフを自然にバックにつけることができたと言われるほどに各セクションとも息が合って高いレベルであったという。
シュラー氏は、全般を通して、この出来映えのすごさは、一人の楽団員の個性的な演奏ではなく、集団としての演奏にあるのであり、「集団的」という用語に新たな意味合いを付け加えたと述べる。そしてこういったリフはヘンダーソン由来であることは間違いないが、そのリフがリズムの領域にまで拡張されている。右の譜例のように、各々の連続するコーラスがその先行型に基づいて組み立てられ、リズムの領域がリフにもう一つの次元を付与していると解説している。
2.モーテン・スイング
「モーテン・スイング」のリフ・パターン 「モーテンズ・スイング」とも呼ばれるが、ベニーと甥のバスターの共作となっており、おそらくバンド全員のヘッド・アレンジの結果できたものであろうという。
瀬川氏はモーテンのラスト・セッションにふさわしいビッグ・バンド・ジャズとして一つの個性がうかがわれるという。評論家のマーティン・ウィリアムスによれば、この原メロディーは極めて複雑高度なコード進行の上に成り立っており、今日同じタイトルで普通演奏されるのは、このごく一部のリフのところだけであるという。右はシュラー氏による、サキソフォーンの上向型音型のリフ・パターン。
瀬川氏は、スタイルとしては当時のルイ・アームストロングのビッグ・バンドにも似ているとしている。注目すべきはイントロからのベイシーのPソロに聴かれるファッツ・ウォーラーからの大きな影響である。ベイシーの初期のスタイルは、ジェイムス・P・ジョンソンやラッキー・ロバーツ等のストライド・ピアノだったが、ここに聴かれるベイシーはさらに一歩進んでいるという。またホットリップス・ペイジのTpソロも傑出したメロデイックな創造力を示している。この曲も入れ代わり立ち代わり色々な人が短いソロを取る。
3.ブルー・ルーム
「ブルー・ルーム」のリフ・パターン 「RCAジャズ栄光の遺産」では、「ザ・ブルー・ルーム」と「ザ(The)」が付いているが、輸入盤の“Count Basie in Kansas City”でもディスコグラフィーでも「ザ」は付いていないので、本来は「ザ」は付かないのではないかと思う。
ロジャースとハートの歌曲がそのメロディーが奏でられることはなく、完全なモーテン・スタイルのビッグ・バンド曲に編曲されている。オープニングは、いささか古めかしい感じもするが、ペイジの美しいTpソロとそのバックでベイシーの弾く可憐なチャイムスの音色が良いと瀬川氏は意外なところに感心している。ウエブスターのTsソロとベアフィールドのAsソロはバトル的でもあり、俄然アンサンブルのリフがバックで躍動し始める。そして後半のブラスとリードのスリリングなリフの交錯は、非常に完成されて魅力あふれるものであり、後年のベイシーのモデルというよりも、32年の時期における既に一つの個性的なスタイルとして特記されよう。右はシュラー氏によるリフ・パターン。
[CountBasie_1930-32]A面 4.ニューオリンズ
ホーギー・カーマイケルの作品をここではジミー・ラッシングが堂々たる歌唱で披露する。それ以上の聴きものはベン・ウエブスターのTsの堂々たるソロ・プレイで、40年頃にデューク・エリントン楽団で聴かせた完成されたスタイルに至る前の若き日の姿が十分にうかがわれる。
5.ミレンバーグ・ジョイズ
レオン・ラポロ作のクラシック・ジャズの名曲で、30年代初期に多くのビッグ・バンドで採り上げられた。例を挙げれば、ドーシー・ブラザーズ楽団やトミー・ドーシー楽団の演奏も有名である。冒頭のベイシーのPのイントロはわざと古いスタイルでユーモラスに弾いているのだろう。サックス・セクションのリフの迫力あり、アンサンブル全体が素晴らしい。それをバックにしたアルトとテナー(ウエブスター)の掛け合い等抜きん出た実力が示されている。
6.ラファイエット
エディー・ダーハムのオリジナルで、彼がベイシー楽団に貢献した多くの優れた作品を思わせるクリーンで迫力に富んだリフ・ナンバー。ペイジのBに始まり、ウエブスターのTs、ペイジのTp、ベイシーのP、ベアフィールドのClと第一級のソロを次々と惜しげもなく聴かせてくれる。エンディングのストップ・タイムによるドラム・ソロも後に定番となるものである。
7.プリンス・オブ・ウエールズ
「プリンス・オブ・ウエールズ」のリフ・コーラス モーテンの編曲と記されているがおそらくこれもダーハムの書いたものであろう。ここでもベイシーの力強いストライド奏法が聴かれるが、他方実に美しくメロディアスに弾くこともできる彼の優れたピアニストとしての才能も示される。シュラー氏の才能の典型的な見本と高評価している。
バンドがリップス・ペイジのソロの後で、颯爽といかにも楽しそうにコーラス(右譜例)に入っていく箇所とベイシーの劇的なコーダの前の最後のコーラスへの長い4小節のうめくようなブラスの導入の楽句も忘れ難い。
「プリンス・オブ・ウエールズ」のリフ・パターン ウエブスターのTsとそのバックのペイジのB、ホットリップスのTpソロとそのバックの合奏リフ、エンディングの「トビー」を思わせるようなアレンジが素晴らしい。
8.トゥー・タイムス
ピック・アップ・メンバーによるコンボ演奏。メンバーは、
Trumpet…ホット・リップス・ペイジ
Clarinet…エディ・ベアフィールド
Piano … カウント・ベイシー
Guitar … エディー・ダーハム
Bass … ウォルター・ペイジ
Drums … ウィリー・マックワシントン
Vocal … ジョセフィン・ギャリソン(Josephine Garrison)
瀬川氏の記述によるとおそらく専属歌手ジョセフィン・ギャリソンのヴォーカルのために臨時で録音したのであろうという。当時のビッグ・バンドにあってピック・アップ・メンバーによる演奏は珍しくはしりともいえると瀬川氏。最後に毛色の変わったこういう曲が入るとヴァラエティに富んでいて楽しくなる。
ジ・オンリー・ガール・アイ・エヴァー・ラヴド
ヴォーカル3人組「スターリング・ラッセル・トリオ」のメンバーのナンバー。メンバーはリーダーのスターリング・ラッセル(Sterling Russell)とハミルトン・スチュアート(Hamilton Stewart)、クリフトン・アームストロング(Cliffton Armstrong)の3人である。この3人は色々検索しても何も出て来ない人たちなのでプロフィールは割愛する。
ハッピー・ムードのイントロからベイシーがピアノで繋ぎ、アンサンブルとなる。続いてヴォーカル(コーラス)となり、再びアンサンブルとなる。その後はAs、Tsなどの短いソロを繋ぎアンサンブルのエンディングを迎える。

最後にシュラー氏はこれらの録音について以下のように締めくくる。
「ホットにスイングするジャズが大きな音で演奏される必要がないこともまた示している。このような抑制された演奏で仄めかされる寛ぎー抑制と寛ぎは一致するものであるーは、この卓抜なリズム・セクションが発展させたリズム感があって、初めて実現することができた。後年のベイシーのバンドの世界がまさしくここにある。
ウォルター・ペイジのウォーキング・ベースとマクワシントンのドラムの一体感には驚嘆させられる。ベイシーはまだストライド・ピアノを弾く場面もあるが、ギターとベースとドラムの流れるような4ビートによって水平化されていく。わずか1年ほど前まではビートは意固地なまでに垂直的だった。この相違はウォルター・ペイジという達人のせいもあるが、チューバに代わってストリング・ベースが登場したためでもあった。『トビー』や『プリンス・オブ・ウエールズ』におけるベースの4ビートの流れはチューバではおよそ考えられないことなのである。
この録音は、ルイ・アームストロングの初期の録音にも匹敵するリズム上の変革を引き起こした。それ以前のすべてのリズム・セクションの技巧に対して終止符を突き付けたのである。しかもそれだけに留まらない。リズム・セクションの4つの楽器それぞれに対して全面的な自由を与える過程、10年後のバップ時代の初期においてもう一つの画期的な発想に到達することになる過程のいくつかの萌芽もまた含んでいたのである。」

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