ブラインド・ブレイク 1929年

Blind Blake 1929

「ブラインド・ブレイク」5枚組CDボックス

1929年の彼の録音は、5枚組CDボックスの4枚目(D)と5枚目(E)に渡り合計25曲収録されている。他ジャズメンと比べても結構多いと言えるだろう。音源はすべて”Blind Blake/Remastered”(JSP 7714A〜E)

<Date & Place> … 1929年6月20日 リッチモンドにて録音

<Personnel>

Guitar & Vocalブラインド・ブレイクBlind Blake
Pianoアレックス・ロビンソンAlex Robinson

<Contents>

CD-D.1ポーカー・ウーマン・ブルースPoker woman blues
CD-D.2ドーイング・ア・ストレッチDoing a stretch
CD-D.3ファイティン・ザ・ジャグFightin’the jug
CD-D.4ホームワーク・ブルースHomework blues
CD-D.5スリッパーリー・ラグSlippery rag

ブレイクのギターが素晴らしく弾き語りが生きている。ピアノは特に必要とも思えないが…。

「ブラインド・ブレイク」5枚組CDボックス 4枚目

<Date & Place> … 1929年8月17日 リッチモンドにて録音

<Personnel>

Guitar & Vocalブラインド・ブレイクBlind Blake
Piano(perhaps on 6)チャーリー・スパンドCharlie Spand
Piano(perhaps on 13)アレックス・ロビンソンAlex Robinson

<Contents>

CD-D.6ヘイスティングス・ストリートHastings St
CD-D.7ディドル・ワー・ディドルDiddle wah diddle
CD-D.8ディドル・ワー・ディドルDiddle wah diddle
CD-D.9ツー・タイト・ブルース・ナンバー2Too tight blues No.2
CD-D.10チャンプマン・ブルースChump man blues
CD-D.11アイス・マン・ブルースIce man blues
CD-D.12ポリス・ドッグ・ブルースPolice dog blues
CD-D.13アイ・ウォズ・アフレイド・オブ・ザット・パート2I was afraid of that : part2
CD-D.14ジョージア・バウンドGeorgia bound

先ずは、CD-D.6「ヘイスティングス・ストリート(Hastings St)」。この曲ではチャーリー・スパンドの弾くピアノとブギー・ウギーを奏している。これまでもブギー・ウギー風の演奏はあったがこれの曲は完全にブギー・ウギー化しようとしている。そしてヴォーカルにおいても”Boogie Woogie”という言葉を連発している。シカゴの根城に活動していたブレイクがブギー・ウギーの人気ぶりを知らないはずはなく、パイントップ・スミスがこのテの音楽を「ブギー・ウギー」と名付けたことにより、ブレイクも「ブギー・ウギー」と歌うことができるようになったのだろう。
次に注目されるのは、CD-D.12「ポリス・ドッグ・ブルース(Police dog blues)」。ここでブレイクはボトルネック奏法やハーモニクス奏法などあらゆるギター・テクニックを駆使するものすごい演奏を繰り広げる。当時最高のギタリストだったことがうなずける作品である。

「ブラインド・ブレイク」5枚組CDボックス 4枚目

<Date & Place> … 1929年8月 シカゴにて録音

<Personnel>

Guitar & Vocalブラインド・ブレイクBlind Blake

<Contents>

CD-D.15キープ・イット・ホームKeep it home
CD-D.16キープ・イット・ホームKeep it home
CD-D.17スイート・ジャイヴィン・ママSweet jivin’ Mama

音の悪さは5枚のCD中最右翼である。良い状態のSP盤が見つからなかったのであろう。

<Date & Place> … 1929年9月 シカゴにて録音

<Personnel>

Guitar & Vocalブラインド・ブレイクBlind Blake
Pianoタイニー・パーハムTiny Parhamorアレサ・ディッカーソンAretha Dickerson

<Contents>

CD-D.18ロンサム・クリスマス・ブルースLonesome Christmas blues
CD-D.19サード・ディグリー・ブルースThird degree blues

D-1〜6と違ってピアノに少し存在感がある。これも典型的なカントリー・ブルースといえるだろう。

「ブラインド・ブレイク」5枚組CDボックス 5枚目

<Date & Place> … 1929年9月 シカゴにて録音

<Personnel>

Guitarブラインド・ブレイクBlind Blake

<Contents>

CD-E.1ギター・チャイムスGuitar chimes
CD-E.2ブラインド・アーサーズ・ブレークダウンBlind Arthur’s breakdown

この2曲は「ブラインド・アーサー(Blind Arthur)」名義で出されたものだという。そして2曲とも歌っておらずインスト・ナンバーとなっている。しかしギターのテクニックは素晴らしい。

「ブラインド・ブレイク」5枚組CDボックス 5枚目

<Date & Place> … 1929年10月 ウィスコンシン州グラフトンにて録音

<Personnel>

Guitar & Vocalブラインド・ブレイクBlind Blake

<Contents>

CD-E.3ベイビー・ルー・ブルースBaby Lou blues
CD-E.4コールド・ラヴ・ブルースCold love blues

この2曲は再びヴォーカル入りとなる。音は悪い。

<Date & Place> … 1929年10月 ウィスコンシン州グラフトンにて録音

<Personnel>

Guitar , vocal & speechブラインド・ブレイクBlind Blake
Banjo , vocal & speechパパ・チャーリー・ジャクソンPapa Charlie Jackson
パパ・チャーリー・ジャクソン

<Contents>

CD-E.5パパ・チャーリー・アンド・ブラインド・ブレイク・トーク・アバウト・イット・パート1Papa Charlie and blind Blake talk about it Part1
CD-E.6パパ・チャーリー・アンド・ブラインド・ブレイク・トーク・アバウト・イット・パート2Papa Charlie and blind Blake talk about it Part2

この2曲はバンジョーのパパ・チャーリー・ジャクソン(写真右)との共演である。ジャクソンは拙HPでは2度目の登場である。前回はフレディ・ケパードの1926年の録音に参加している。
ジャクソンについて、CD解説に拠ると(英語なので訳に自信がないが)、1924年からレコーディング活動を開始した、最初に成功したブルース・アーティストとある。ジャクソンは真のブルース・アーティストではない、彼はミンストレル・ショウでより寛ぐことができるヴォードヴィリアンであるとするシリアスなブルース評論家(commentator)達にとっては、この解説は問題かもしれない。この後の英文が分からない。英語が得意な方のため、以下全文をそのまま掲載する。訳せたら教えてね!
”Papa Charlie Jacksonn began recording in 1924 , and is often credit with being the first successful male blues artist . This description is problematic for the more serious blues commentators who argue that Jackson was not a true blues artist , but avaudevillian who would have been more at home in a minstrel show . Fine distincctions aside , it's fairly obvious that Blind Blake (who himself may have had non=blues antecedents) found Jackson more than acceptable company .”
多分このパパ・チャーリー・ジャクソンは、ヴォードヴィリアン(芸人)であり、真のブルース・マンではなかったとブルース評論家たちは評価しているのであろう。

ロバート・パーマー著『ディープ・ブルース』

著書『ディープ・ブルース』においてロバート・パーマー氏はこの辺り事情を簡潔に書いている。簡潔な記述をさらに抜粋すると、前にも触れたことだがマミー・スミスがジャズ・バンドと共に吹き込んだ数曲の中の<クレイジー・ブルース>が数万枚のセールスを記録するヒットとなったことで、レコード会社の経営者たちの未開拓の市場への注目を喚起することになった。このヒットを追いかけるように当初は女性による録音がほとんどであったが、次第に正統的な田舎風のブルース歌手にもレコーディングの道が開かれるようになった。南東部のブルース=ラグタイム・ギタリストであるシルヴェスター・ウィーヴァーによる1923年の録音を皮切りに、1924年にはダディ・ストーヴパイプやパパ・チャーリー・ジャクソンといった黒人ミンストレル・ショウの芸人たちが、そして1925年にはついにブラインド・レモン・ジェファーソンの最初のレコーディングが行われた。
そして1926年9月パラマウント社は、フロリダ出身の品のある歌手であり、ブルースとラグタイムの驚異的なギタリストでもあったアーサー・フェルプスという金鉱を掘り当てた。彼も盲目で<ブラインド・ブレイク>という名前で録音を行った。

5枚組CD解説は、シリアスなブルース評論家は、ギター1本を抱え渡り歩くブルース放浪者を真のブルース・マンとしてヴォードヴィル出身の芸人を差別する傾向があるという指摘をしているような気がする。一方『ディープ・ブルース』のロバート・パーマー氏はこう述べる。「初期のブルースのスターたちの音楽様式は雑多なものだった」。パーマー氏は、本物か偽物かではなく様式が多様なのだと述べているようだ。

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