ディジー・ガレスピー 1941年

Dizzy Gillespie 1941

キャブ・キャロウェイの楽団でのディズ

この年の初めは未だキャブ・キャロウェイの楽団に在団していたが、41年9月まで在団してここを追われた。この当時ディズの興味はもっぱら新しいハーモニーの探究にあって、楽器を十分に鳴らすということについては、比較的関心が薄かったといわれる。もちろんこれは、彼がこうした基本的な修練をないがしろにしていたということではなく、何が第一関心事であったかという比較の問題であろう。いじれにしろ、「グッド・トーン」ということが最優先したスイング時代にあっては、こうしたディズ流の考え方が、第一線の連中のそれとかなりかけ離れたものになっていたことは事実であろうと記している。
その例として、当時同じキャブ・キャロウェイ楽団の大スターであったチュー・ベリーは、コマーシャル・バンドのリーダーであったフレディ・マーチンのテナーを良い音をしているという理由だけで高く買っていたという。それだけに彼がキャブのバンドの中にミルト・ヒントンというよき理解者を見出し得たということは、彼自らの働きかけがあったにせよ幸運な配偶であり、この当時ディズはヒントンと謀って、しばしばステージの上で日頃の研鑽の成果を試みたという。しかしリーダーのキャブはこうしたディズのプレイを嫌って、「チャイニーズ・ミュージック」と呼んで冷笑したという話が伝わっているが、その割には何度も彼にソロの機会を与えており、ディズがキャブの下で吹きこんだ64曲のスタジオ録音のうち、計10曲に彼のソロを聴くことができるという。
しかしここで状況が変化する。キャロウェイ楽団に新しいTp奏者ジョナ・ジョーンズが入団してくるのである。ジョナはディズの7歳年上の先輩格であり、後にはすっかりポピュラー界の人気者となってしまうが、この時点ではリル・アームストロングをして「サッチモ2世」と言わしめたほどの正統派トランぺッターだった。そして大将のキャブは録音に臨んでは、専らジョーンズにトランペット・ソロを取らせるようになってしまうのである。もしキャブとの衝突が無く「追われる」ことがなかったとしても、彼が引き続きそこに留まったかどうかは大いに疑問である。ただ、パーカーと違って生来ビッグ・バンドでプレイすることを好んだディズは、キャブのバンドが一流のオーケストラであったことは十分承知していたであろうし、その点での失着が全くなかったとは言い切れないだろう。

「キャブ・キャロウェイ/ペンギン・スウイング」

<Date&Place> … 1941年3月5日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … キャブ・キャロウェイ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Cab Calloway and his orchestra)

Band leader & Vocalキャブ・キャロウェイCab Calloway
Trumpetディジー・ガレスピーDizzy Gillespieラマー・ライトLammar Wrightジョナ・ジョーンズJonah Jones
Tromboneタイリー・グレンTyree Glennケグ・ジョンソンKeg Johnsonクエンティン・ジャクソンQuentin Jackson
Clarinet & Alto saxジェリー・ブレイクJerry Blake
Alto saxヒルトン・ジェファーソンHilton Jefferson
Tenor Saxチュー・ベリーChu Berryウォルター・トーマスWalter "Fut" Thomas
Alto sax & Baritone saxアンドリュー・ブラウンAndrew Brown
Pianoベニー・ペインBennie Paine
GuitarダニーバーカーDanny Barker
Tubaミルト・ヒントンMilt Hinton
Drumsコジ―・コールCozy Cole
1940年8月28日からの移動
Trumpet … マリオ・バウザ ⇒ ジョナ・ジョーンズ

<Contents> … "Cab Calloway/Penguin swing"(Archives of Jazz 3801082)

CD-13.へプ・キャッツ・ラヴ・ソングHep cats love song
CD-14.ジョナ・ジョインズ・ザ・キャブJonah joins the Cab
CD-15.ギーチー・ジョーGeechie Joe
CD-16.スペシャル・デリヴァリーSpecial delivery
「キャブ・キャロウェイ/ペンギン・スウイング」CD
へプ・キャッツ・ラヴ・ソング
ここからTpがマリオ・バウザに代わりジョナ・ジョーンズが加入する。粟村氏によるとキャロウェイはジョーンズ加入後はソロをジョーンズに吹かせたというので、そうだとすればこの曲以降キャロウェイ楽団でのディズのソロは無くなる。ヴォーカル入りのナンバーでTpソロはなし。
ジョナ・ジョインズ・ザ・キャブ
ジョナ・ジョーンズがキャブのバンドに入ったという曲だろう。ジョナを紹介するような語りのようなヴォーカル入り。未発表テイクという。曲名から言ってもTpソロはジョーンズだろうが、正直僕にはジョーンズとこの時期のディズの違いの聴き分けはできないが、大将のキャブが紹介して吹き出すのだからジョナがソロを取っているのだろう。両者ともロイ・エルドリッジの影響下にあったことは間違いないと思う。
ギーチー・ジョー
Tpがフューチャーされているヴォーカル・ナンバー。ここでのTpソロもジョーンズなのだろう。キャロウェイの大ヒット曲「ミニー・ザ・ムーチャー」に似ている曲。未発表テイクだという。
スペシャル・デリヴァリー
前3曲と同日録音のヴォーカルなしのジャンプ・ナンバー。テーマ・アンサンブルの後、Ts⇒アンサンブル⇒Tpソロ⇒アンサンブルで終わる。ここもTpソロはジョーンズということだろうが、さすがに聴かせる。聴き処は最初のチューのソロで脂ののった素晴らしいソロである。

上で述べたようにこの年、ここまでディズはキャロウェイ楽団ではソロを取らせてもらえず、要はTpセクションの一奏者としてアンサンブル吹奏の一端を担っていただけであった。そんなディズのこの時期のプレイを捉えた貴重な録音を、ジェリー・ニューマン氏がたまたまではあるが録っていたのである。ジェリー・ニューマン氏の録音については、ジェリー・ニューマン(Jerry Newman)をご覧ください。

「チャーリー・クリスチャン/アット・ミントンズ」ジャケット・ジャケット

<Contents> … 「チャーリー・クリスチャン・アット・ミントンズ」(Columbia SL-5001-EV)

B-1.スターダスト 1Stardust 1
B-2.ケルアックKerouac
B-3.スターダスト 2Stardust 2

<Date&Place> … 1941年 ニューヨーク ミントンズ・プレイハウスにてジャム・セッションを録音

録音時期ははっきり分からないというが、ニューマン氏がミントンズで非正規録音を行ったのは、1940年末から1941年のことであった。

<Personnel>

Trumpetディジー・ガレスピーDizzy Gillespie
Tenor saxドン・バイアスDon Byas
Drumsハロルド・ドク・ウエストHarold Doc West
Others不明Unknown
「スターダスト 1」
油井正一氏のレコード解説によるとパーソネルは、実ははっきりとは分からないという。レナード・フェザー氏及びイエプセンのディスコグラフィーによれば、録音場所はミントンズでパーソネルは上記の通りである。アンサンブルにはもう一人ずつトランぺッター、トロンボーン、テナー・サックス奏者がいるという。
ホーギー・カーマイケルの不朽の名作で、ゆったりとしたテンポで、ムーディーなバイアスのTsソロからスタートする。続いてディズのTpソロ、再びTsソロとTpソロが入るが、どちらもバイアスとディズなのだろうか?どちらかといえばTsソロの方が聴き応えがあるように感じる。その後テーマを集団合奏的に演奏して終わる。

「チャーリー・クリスチャン/アット・ミントンズ」B面

<Personnel>

Trumpetディジー・ガレスピーDizzy Gillespie
Pianoケニー・カーセイKenny Kersey
Bassニック・フェントンNick Fenton
Others不明Unknown
「ケルアック」
「ケルアック」とは、ビート・ジェネレーションの代表的作家ジャック・ケルアックのことで、曲名は後に録音者ジェリー・ニューマンが好みで勝手につけたものという。コード進行は「エキザクトリー・ライク・ユー」と同じというが僕は知識がなくこの曲を知らない。
油井正一氏によると演奏はカルテットによるもので、分かっているパーソネルは上記の通り。当時もっとも新しい感覚の持ち主と言われたケニー・カーセイのピアノとガレスピーをフューチャーしたものという。ベースはハウス・バンドのベース奏者ニック・フェントン。ドラマーは誰か解らないそうで、レコード解説の油井正一氏によると、プレイ内容は他と比べるとガタ落ち、飛び入りの無名の人物であろうとしている。これも「?」と思う。というのはマイルス・ディヴィスの証言によると、「下らない演奏をするとステージから引きずりおろされた」とのことで、くだらない演奏ならなぜこのドラマーは引きずりおろされなかったのだろう?この時期はそこまで厳しくはなかったのだろうか。モンクは、ミントンズがそういう道場のような場所になるのは初めからではなく、ここに集うミュージシャンが次第にそのようにしていったので、最初からそうではなかったというようなことを語っているので、この時代はまだそういう状況ではなかったのかもしれない。
この演奏のディズは、エルドリッジの影響がはっきり残っていて、ディズの初期のスタイル時最も引用される録音だという。しかし僕はこれぞエルドリッジという演奏もよく知らないのだが。
「スターダスト 2」
これもゆったりとしたテンポで、ピアノ・トリオで始まる。ピアノ・ソロの後はミュートTpがソロを取るが突然終わってしまう。もしこれがディズのソロとすれば1941年の貴重なソロの記録である。

[Chu Berry/Chu]レコード・ジャケット

<Date&Place> … 1941年7月3日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … キャブ・キャロウェイ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Cab Calloway and his orchestra)

前回3月5日と同じ。

<Contents> … "Chu Berry/Chu"(Record … Epic EE 22007、CD … Epic SICP 4013)

A列車で行こう(Take the "A" train)
ご存じビリー・ストレイホーン作のエリントン楽団のオープニング・ナンバー。エリントン楽団もこの年2月に録音し4月11日にリリースしたナンバー。最も早いカヴァーの一つではないだろうか?キャブはエリントンと親しかったので、譜面を早く買うことができたのかもしれない。でもイントロなどはしっかりアレンジメントされているが、何故かサビが無くなっている。ミュートTpソロはジョナなのであろう。続くチューのソロがいい。

[Cab Calloway/Boog-it]レコード・ジャケット

<Date&Place> … 1941年9月10日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … キャブ・キャロウェイ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Cab Calloway and his orchestra)

前回7月3日と同じ。

<Contents> … "Cab Calloway/Boog-it"(Green line records JJ-607)

A面5.ブルース・イン・ザ・ナイトBlues in the night
A面6.セイズ・フー?セイズ・ユー・セイズ・アイSays who ? says you , says I !
ブルース・イン・ザ・ナイト
ハロルド・アーレンとジョニー・マーサーのコンビによるスタンダードナンバー。「夜のブルース」という邦題が付いている。ここでイントロのTpを吹くのはジョナ・ジョーンズである。ディズは干されかかっていたのかな?典型的なアメリカのバンド・ショウという感じがする。多分バンド・メンバーたちと思われるコーラスとの掛け合いも楽しい。
セイズ・フー?セイズ・ユー・セイズ・アイ
これもアーレン=マーサーのコンビによる作品。キャブの歌物でTpの本の短いパッセージ以外ほとんどソロも無く、バンドもアンサンブルの伴奏のみである。

ディズ追放

少なくともこの録音の後ディズはキャロウェイ楽団を「追われる」ことになる。その原因は、資料によって若干の相違がある。
ある資料は、ディズの唾がキャブに当たったことで腹を立てたキャブがディズを解雇するが、これに怒ったディズは、持っていた小型ナイフで刺してしまった、という記述があり、また一方ステージ上演奏中キャブが譜面の束を誤ってディズの椅子の上においてしまった、これを自分に対する嫌がらせと思ったディズは日頃のわだかまりもありついに我慢が出来ず小型ナイフでキャブに突きかけ、ナイフはキャブの足に刺さってしまった云々…。
真相は僕などの知るところではないが、僕はこの話を初めて読んだとき、何度か来日公演を見(テレビでだが)、ユーモアたっぷりで愉快なオジサン風のディズが人をナイフで刺すなどとはとても信じられなかった。ともかく2人の間には以前から軋轢があったことは確かであろう。
しかしいかなる事情があるにせよ、所属するバンドのリーダーを傷つけるということは、その後の音楽活動に支障が出て当然と思われるのだが、ディズは翌42年6月にはレス・ハイト楽団で、7月にはラッキー・ミリンダ楽団で吹込みに参加していることからこの事件のマイナス面での影響はそれほど大きくなかったと見て差し支えないと思われる。

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