ジョン・コルトレーン 1946年

John Coltrane 1946

藤岡靖洋著「コルトレーン」

前年1945年8月6日、広島に原爆が落とされた日に海軍に入隊したコルトレーンは、本土内で基礎的訓練を受けた後、11月28日二等海兵隊員としてハワイ・オアフ島の真珠湾で任務に就く。しかしその前のフィラデルフィアで働いている時代に重要なことがあった。コルトレーンはフィラデルフィアでプロとして演奏を開始していた。多分ローカル・バンドだと思われるが、ジミー・ジョンソンというドラマーが率いるバンドのアルト・サックス奏者としてレコーディングにも参加したという。しかしこの録音の音源は紛失したという。それでもこのバンドには、テナー・サックスにベニー・ゴルソンやピアノにはレイ・ブライアントがいたというのだから、この録音は聴いてみたい気がする。
さて重要なのはそれではなく、コルトレーンはずっとエリントン楽団のジョニー・ホッジスに心酔していたのだが、フィラデルフィア時代にチャーリー・パーカーを聴き、一気に虜になってしまったという。このことのあからさまな証明がこの録音である。
コルトレーンは、ハワイでの任務から9か月たった1946年8月11日に正式に海軍を除隊することになった。その除隊記念として、海軍でのバンド仲間たちとレコードを作ることになった。バンドのメンバーは、二人の黒人(コルトレーンとトーマス)と他は白人で、当時軍では白人と黒人の混成バンドは認められていなかったため、レコーディングは、上官の目を盗んで行われた。レコーディングの時間は、本来勤務中の午後1時半から2時半までの1時間、リハーサル無しのぶっつけ本番で8曲吹き込み、すぐさま勤務に戻ったという。

[John Coltrane/First giant steps]CD・ジャケット

<Date & Place> … 1946年7月13日 ハワイにて録音

<Personnel> … デクスター・カルバートソンズ・U.S.ネイヴィー・バンド(Dexter Culbertson's U.S.Navy Band)

Band leader & Trumpetデクスター・カルバートソンDexter Culbertson
Alto saxジョン・コルトレーンJohn Coltrane
Pianoノーマン・プールショックNorman Poulshock
Bassウィリー・ストーダーWillie Stauder
Drumsジョー・タイマーJoe Timer
Vocal - 1,4,5,7ベニー・トーマスBenny Thomas

最も分かりやすいのが、ベニー・トーマス。ナット・キング・コールのファンであることが明瞭。他のメンバーは、ジャズ好きでコルトレーンとよく演奏していた仲間たちで、コルトレーンに影響されてバップに取り組んでいたのだろう。

録音時の写真

<Contents> … "John Coltrane/First giant steps"(RLR 88619)

CD-1.エンブレイサブル・ユーEmbraceable You
CD-2.オーニソロジーOrnithology
CD-3.スイート・ミスSweet Miss
CD-4.イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーンIt's only a paper moon
CD-5.スイート・ロレインSweet Lorraine
CD-6.コ・コKo ko
CD-7.ナウ・ザ・タイムNow's the time
CD-8.ホット・ハウスHot house

1.「エンブレイサブル・ユー」も4.「イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン」も、5.「スイート・ロレイン」もコールが歌っているナンバー。レコードを何度も聴いて覚えたのだろう。分からないのは7.「ナウ・ザ・タイム」。歌詞はどうしたのだろうか?
右は録音時の写真。中央でサングラスをかけているのがコルトレーン。

[John Coltrane/First giant steps]CD
「エンブレイサブル・ユー」
この録音は、ぶっつけ本番1時間で取り終えたというが、相当前から準備し練習していたことは明らかである。キング・コールが1943年にキャピトルに吹き込んでいて、トーマスのヴォーカルはそのフォロウだが、間に入るコルトレーンのソロはたどたどしいが、その後のTpとAsの合奏はキング・コールの吹込みには無いもので、自分たちで練り上げ、何度も練習したことをうかがわせる。
「オーニソロジー」
パーカーの作で、レコード吹込みは1946年3月28日である。ハワイにいたコルトレーンは、ラジオなどでも聴いたであろうが、レコードを取り寄せ聴きまくって練習したのであろう。カルバートソンとコルトレーンがソロを取るが、カルバートソンのソロはたどたどしいどころか素人丸出しで、コルトレーンもたどたどしいけどまだましである。
「スイート・ミス」
この曲は知らない曲である。ここでもソロを取るのは、カルバートソンとコルトレーンがソロを取る。ソロの出来栄えは前曲同様である。
「イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン」
元々は1933年の映画で使われた曲でキング・コールは1943年に吹き込んでいる。ソロはコルトレーン。たどたどしいのはこれまでと同じ。
「スイート・ロレイン」
キング・コールは1943年に吹き込んでいる。もし全米キング・コール物真似コンテストがあったら、トーマスは準決勝くらいまでは進むだろうと思う。ここでもソロはコルトレーン。
「コ・コ」
パーカーの作でパーカーは1945年11月にサヴォイに吹き込んでいるので、極めて当時としては新しいナンバー。テーマが難しくこのメンバーでは無理だったのだろう、演奏されていない。原田和典氏は、この一連の吹込み中のベスト・テイクとしている。コルトレーン録音史上初の熱演としている。確かに熱演で若き熱気が感じられる。短いがタイマー(Ds)のソロも入る。
「ナウ・ザ・タイム」
この曲はチャーリー・パーカーのナンバーで、パーカーは1945年11月にサヴォイに吹き込んでいるインスト・ナンバー。多分コルトレーンが何度も吹いて練習するのを聴いていて、適当に歌詞を付けたのではないだろうか?
「ホット・ハウス」
タッド・ダメロン作。パーカーは1945年ガレスピーとマイナー・レーベル「ギルド」に吹き込んでいる。コルトレーンはこのギルド盤も持っていたのだろう。これもソロはトレーン。

この録音はSP盤4枚に収録される。勿論販売目的ではなく、知り合いや関係者などに配ったのだろう。ところがこれが思わぬ波及をしていくことになる。ドラマーのジョー・タイマーがとレーンの海軍での友人に送った手紙(1946年10月29日付)によると、Tpのカルバートソンがこのレコードをマイルス・ディヴィスに聴かせたというのである。マイルスがトレーンを知ったのは、この時が最初であろう。マイルスは、とレーンの演奏にいたく感銘を受けたというのである。このことが後のマイルス・バンドの初代テナー奏者就任に繋がっていくのである。

もしここでのトレーンの演奏に「感銘を受け」なかったら、その人の耳はマイルスに大きく劣る、ということである。僕のように。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。

お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。