1940年12月13日にカウント・ベイシー楽団を退団したレスター・ヤングの吹込みは、この年は大きく減ることになる。データなどを見ると他にも存在するようだが、僕の持っているのは、3月行われたビリー・ホリデイのレコーディングに参加したものだけである。
| Vocal | … | ビリー・ホリディ | Billie Holiday | |||
| Band leader & Piano | … | エディー・ヘイウッド | Eddie Heywood | |||
| Trumpet | … | シャド・コリンズ | Shad Collins | |||
| Alto sax | … | レスリー・ジョナキンス | Leslie Johnakins | 、 | エディー・ベアフィールド | Eddie Barefield |
| Tenor sax | … | レスター・ヤング | Lester Young | |||
| Guitar | … | ジョン・コリンズ | John Collins | |||
| Bass | … | テッド・スターギス | Ted Sturgis | |||
| Drums | … | ケニー・クラーク | Kenny Clarke |
| Record2 A-1. | みんなすること | Let's do it |
| Record2 A-2. | わが心のジョージア | Georgia on my mind |
| Record2 A-3. | 暗闇のロマンス | Romance in the dark |
| Record2 A-4. | オール・オブ・ミー | All of me |
スイング時代最高のコラボレーションの一つと言われたビリーとレスターの約9か月ぶりの共演。解説に拠れば、レスター・ヤングは1940年12月13日(たまたまその日は金曜日だった)のレコーディングを嫌って、カウント・ベイシーの楽団を退団していたという。そしてレスターは1941年2月27日に自己の楽団を率いるのだが、これはわずか約1か月も経たないうちに解体してしまう。このレコーディングは、レスターがバンドを解体した3日後の録音だという。
メンバーのシャド・コリンズ(Tp)はベイシー楽団からの盟友で、ジョン・コリンズ(Gt)と共にレスターのバンドに加わった。