レスター・ヤング 1941年

Lester Young 1941

1940年12月13日にカウント・ベイシー楽団を退団したレスター・ヤングの吹込みは、この年は大きく減ることになる。データなどを見ると他にも存在するようだが、僕の持っているのは、3月行われたビリー・ホリデイのレコーディングに参加したものだけである。

「ビリー・ホリディ」レコード第5集」レコード・ジャケット

<Date & Place> … 1941年3月21日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ビリー・ホリディ・ウィズ・エディー・ヘイウッド・アンド・ヒズ・オーケストラ(Billie Holiday with Eddie Heywood and his orchestra)

Vocalビリー・ホリディBillie Holiday
Band leader & Pianoエディー・ヘイウッドEddie Heywood
Trumpetシャド・コリンズShad Collins
Alto saxレスリー・ジョナキンスLeslie Johnakinsエディー・ベアフィールドEddie Barefield
Tenor saxレスター・ヤングLester Young
Guitarジョン・コリンズJohn Collins
Bassテッド・スターギスTed Sturgis
Drumsケニー・クラークKenny Clarke

<Contents> … 「ビリー・ホリディ物語 第5集」(SOPH 69〜70)

Record2 A-1.みんなすることLet's do it
Record2 A-2.わが心のジョージアGeorgia on my mind
Record2 A-3.暗闇のロマンスRomance in the dark
Record2 A-4.オール・オブ・ミーAll of me

スイング時代最高のコラボレーションの一つと言われたビリーとレスターの約9か月ぶりの共演。解説に拠れば、レスター・ヤングは1940年12月13日(たまたまその日は金曜日だった)のレコーディングを嫌って、カウント・ベイシーの楽団を退団していたという。そしてレスターは1941年2月27日に自己の楽団を率いるのだが、これはわずか約1か月も経たないうちに解体してしまう。このレコーディングは、レスターがバンドを解体した3日後の録音だという。
メンバーのシャド・コリンズ(Tp)はベイシー楽団からの盟友で、ジョン・コリンズ(Gt)と共にレスターのバンドに加わった。

「ビリー・ホリディ」レコード第5集」2枚目A面
Record2 A-1.「みんなすること」
コール・ポーター作のナンセンス・ソングだという。当時売り出し中の人気ピアニスト、エディ・ヘイウッドも味のあるフレージングを聴かせ、ここでのレスターはホーキンス風のフレイジングを吹いているという。 それにしても歌詞がいただけない。冒頭”Chinks do it , Japs do it"と歌っているが、”Chink”は中国人の別称であり、”Jap”は日本人の別称である。コール・ポーターがこんな曲を作っているとは知らなかった。Let's do itの”it”はセックスのことだろう。
Record2 A-2.「わが心のジョージア」
ホーギー・カーマイケル作の名作で後にレイ・チャールズが大ヒットさせたナンバー。解説の巨泉氏は、「ビリーは迫力あるアタック、高音を駆使した新鮮なフレイジングで勝負している」と書いているが、僕は少々崩し過ぎだと思う。こうなると望郷の念を表現したいんだかテクニックを見せたいのかが分からなくなる。
Record2 A-3.「暗闇のロマンス」
軽快なスイング・ナンバー。ヘイウッドのピアノ・ソロが光る。
なお、「Live and private recordings」付録の”Rare studio cuts”というLP1枚にはこの別ヴァージョンが収録されている。
Record2 A-4.「オール・オブ・ミー」
解説の大和氏、巨泉氏ともに絶賛する一大傑作。ビリーのフレイジング、リズム感、フィーリングは最高で切々たる表現の素晴らしさは筆舌に尽くしがたいという。ビリーのヴォーカルが終わってレスターの僅か8小節のソロだがこれまた絶品で、このレスターに挑むようなビリー、そしてそれを受けるレスター、共に最高のコラボレイションを聴かせてくれる。一言でいえば、「まさにしびれる」1曲である。

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