スタン・ケントン 1944年

Stan Kenton 1944

この時期のケントン楽団の様子については、右ドナルド・マギン著『スタン・ゲッツ』に少し詳しく出ている。先ずケントンのバンドは、1944年初頭時点で、その評価はうなぎ上りだった。それは、1943年9月、NBCラジオのボブ・ホープの「ペプソデント歯磨きショウ」に39週間出演する契約を結んでいた。これは毎週火曜日2000万人の聴衆を獲得している全国放送だった。ホープは毎週異なる陸軍か海軍の基地でショウを開いていたので、バンドは移動時には特別な優先権を得ることができた。ケントンは、ボブ・ホープの選んだ基地の近郊で、3つか4つのワン・ナイターの予定を入れ、全国規模で支持層を広げていく。また本拠地のロス・アンゼルスでは、1946年まで年に一度のパラディウムでの長期公演を約束されていた。
さらに1943年9月にケントンは、新しく設立されたレコード会社キャピトルと関係を結び、心のこもった援助を得るようになってた。ケントン担当のプロデューサーは、3人のオーナーの内の一人、ジョニー・マーサーで、マーサーは、ケントンに第1級のスタジオ設備と録音技師を提供したのである。
ケントンは、何よりも仕事中毒と言ってもいいような男でした。ある伝記作家によって、「清教徒的倫理の終身的産物にして囚人」と書かれるような人物だったのです。ケントンはピアノを弾き、作曲をし、バンドの首席アレンジャーでもあり、ツアーやラジオ番組の細かいコンダクターでもあった。彼はマーサーとの合意を満たすために、自分自身やキャピトルの他のアーティストたちを、DJやレコード店、新聞・雑誌に積極的に売り込んでいた。
ケントンにとっては、ミュージシャン達こそが真の家族であり、バンドのために3度の結婚生活を犠牲にした。ケントンは、定期的に楽団員とのミーティングを開き、そこではミュージシャンたちは自由に不平を言うことができた。そしてケントンは、そこで聴いた不満を公正に解消するために、心から努力をしたというのです。理想的なバンド・マスターという他ない。
このバンドに、1944年2月末スタン・ゲッツが加わる。そして1944年4月28日に歌手のアニタ・オデイが加わるとバンドはさらに強力なものとなる。アニタはジーン・クルーパ楽団のスターであり、熱烈なファンが付いていた。彼女の加入により、ケントンのバンドの聴衆に対するアピールは、はるかに幅広いものとなった。
ただケントンの音楽的ルーツは、ヨーロッパのコンサート・ホールに根差していて、テーマ曲「アーティストリー・イン・リズム」には、ラヴェルの旋律やショパンのピアノ・ソロが盛り込まれていた。ケントンは即興音楽家としては、傑出していない。彼の真の情熱は作曲と編曲にあり、バンドが彼の楽器だった。そしてケントンは、ジャズをいくつかの要素の一つとして組み込んだ新しいクラシック音楽を創出したいと望んでいたのだった。そのためダンスをするためにスイングする音楽を演奏してもらいたいという要望にはいつもイライラしていた。
ケントンのバンドは、他のバンドを圧するように音が大きく、ダイナミックでパワフルでした。6月にトランペット、トロンボーン奏者であり、アレンジャーでもあるジーン・ローランドが加入し、Tp5本トロンボーン5本という金管10本のバンドが出来上がります。金冠が10本もあるバンドは他に例を見ません。

<Date & Place> … 1944年11月28、30日、12月6日 ハリウッド・パラデューム実況録音

<Personnel> … スタン・ケントン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Stan Kenton and his Orchestra)

Band leader & Pianoスタン・ケントンStan Kenton
Trumpetジョン・キャロルJohn Carrollバディ・チルダーズBuddy Childersカール・ジョージKarl Georgeジーン・ローランドGene Roland メル・グリーンMel Green
Tromboneハリー・フォーブスHarry Forbesフレディ・ジト―Freddie Zitoミルト・カバクMilt Kabakバート・ヴァルサロナBart Varsalona
Alto Saxボブ・ライヴリーBob Livelyブーツ・ムッスリBoots Mussulli
Tenor saxエメット・カールズEmmett Carlsスタン・ゲッツStan Getz
Baritone saxボブ・ジオガBob Gioga
Guitarボブ・アハーンBob Ahern
Bassボブ・ケスターソンBob Kesterson
Drumsジム・ファルゾーンJim Falzone
Vocalアニタ・オディAnita O'day

全録音から、戦時下の徴兵の影響もあり、大幅に陣容が変わっている。
Trumpet … レイ・ボーデン、ディック・モース ⇒ ジーン・ローランド、メル・グリーン
Trombone … ジョージ・フェイ、バート・ヴァルサロナ ⇒ フレディ・ジト―
Alto Sax … エド・メイヤーズ、アート・ペッパー ⇒ ボブ・ライヴリー、ブーツ・ムッスリ
Tenor sax … レッド・ドリス、モレイ・ビーソン ⇒ エメット・カールズ、スタン・ゲッツ
Bass … クライド・シングルトン ⇒ ボブ・ケスターソン
Drums … ジョー・ヴァーノン ⇒ ジム・ファルゾーン

<Contents> … "Stan Kenton-1944"(Queen-disc -054)

B-1.ティコ・ティコTico Tico11月28日
B-2.タビー・ザ・キャットTabby the cat11月28日
B-3.わたしの彼氏The man I love11月28日
A-1.テーマ&アイ・ノウ・ユーTheme & I know you11月30日
A-2.ガッタ・ビー・ゲッテイングGotta be getting11月30日
A-3.イーガー・ビーヴァーEager beaver11月30日
A-4.ウィッシュ・ユー・アー・ウェイテイングWish you are waiting11月30日
A-5.プア・バタフライPoor butterfly11月30日
A-6.アーティストリー・イン・リズム&ビギン・ザ・ビギンArtistry in rhythm & Begin the beguine11月30日
B-4.タブーTaboo12月6日
B-5.イン・ア・リトル・スパニッシュ・タウンIn a little Spanish town12月6日
B-6.サージェンツ・メスSeargent's mess12月6日
B-7.アンド・ハー・ティアーズ・フロウド・ライク・ワインAnd her tears flowed like wine12月6日
B-8.ロシアの子守歌Russian lullaby12月6日
B-1.「ティコ・ティコ」
スインギーなナンバー。ソロはTp、Tsのみで、ほとんどはアンサンブルのナンバー。
B-2.「タビー・ザ・キャット」
アニタ・オデイのヴォーカル入り。ちょっと気怠い様な、しかししっかりスイングする彼女のヴォーカルの魅力が発揮されている。
B-3.「わたしの彼氏」
こちらはAsのブーツ・ムッスリをフューチャーしたナンバー。ムッスリのソロはちょっと変わったソロである。
A-1.「テーマ&アイ・ノウ・ユー」
ちょっと大げさな感じのテーマ「アーティストリー・イン・リズム」からバンドの紹介があり、「アイ・ノウ・ユー」になる。テーマ・アンサンブルの後サックス・ソロが2人入り、短いTpソロからアンサンブルとなって終わる。
A-2.「ガッタ・ビー・ゲッテイング」
アニタのヴォーカル入り。これも彼女の魅力がしっかりと発揮されている。
A-3.「イーガー・ビーヴァー」
ケントンのPがリードするアンサンブルから、Tsソロが入る。確かにアンサンブルは金管が強力である。

A-4.「ウィッシュ・ユー・アー・ウェイテイング」
ゆったりとしたバラード・ナンバー。アニタのヴォーカル入りである。アニタのヴォーカルには他の誰とも異なる魅力がある。
A-5.「プア・バタフライ」
Tpがアンサンブルをリードする。このTpはカール・ジョージである。全篇をTpのカール・ジョージをフューチャーしたナンバー。
A-6.「アーティストリー・イン・リズム&ビギン・ザ・ビギン」
ケントンのピアノをフューチャーしている。「ビギン・ザ・ビギン」のバッキング・アンサンブルは変わっている。
B-4.「タブー」
有名スタンダード・ナンバーである。アンサンブル中心の演奏だが、中間部に短いTpソロが入る。
B-5.「イン・ア・リトル・スパニッシュ・タウン」
これもアニタのヴォーカル入り。
B-6.「サージェンツ・メス」
アンサンブルの後Tpソロが入り、Tsソロ、再び短いTpソロが入り、Ts2本によるバトルのような展開になる。先に掲げたドナルド・マギン著『スタン・ゲッツ』によると、もっとソロを吹かせろと訴えたゲッツに対して、ケントンはエメット・カールズと分け合って吹かせると認めたという。ホーキンス風がカールズで、そうでない方がゲッツである。
B-7.「アンド・ハー・ティアーズ・フロウド・ライク・ワイン」
アニタのヴォーカル入り。5月に吹き込んだスタジオ盤はポップ・チャート4位(1944年間では32位)、40万枚を売り上げ、ケントンにとって最初のビッグ・ヒットとなった。流石みんな知っているようで受けている。
B-8.「ロシアの子守歌」
アップ・テンポのナンバーで、17歳のスタン・ゲッツがフューチャーされる。アンサンブルの後短いTpソロが入り、アンサンブルを挟んでゲッツのソロとなる。未だ後のレスター風のソロではなく、ホーキンスも少し入っているようなソロである。

<Date & Place> … 1944年12月15日 ロス・アンゼルスにて録音

<Personnel> … スタン・ケントン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Stan Kenton and his Orchestra)

12月6日と同じメンバー。

<Contents> … 「ケントンズ・ガール・フレンド」(ECP-88033)

A-1.「アー・ヤ・リヴィン・オールド・マン」(Are ya livin' old man)
アニタ・オデイは先に記したように1944年4月28日にケントン楽団に入団し、5月20日に吹き込んだ"And her tears flowed like wine"が40万枚を売るセールスを記録する大ヒットとなった。その後も9月にスタジオ録音を行っているが、僕の持っているスタジオ録音はこれが初である。レッド・エヴァンズ、アイリーン・ヒギンバサム、アブナー・シルヴァーの作詞作曲で、編曲はTp奏者のジーン・ローランドが担当した。
ミディアム・スロウのナンバーで、解説氏の言うように男心をくすぐる若々しい色気のあるヴォーカルである。アンサンブル確かに金管が多くうるさい感じがする。ソロは取っていないが若きスタン・ゲッツがアンサンブルに加わっている。

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