ジョージ・ルイスは、ニューオリンズの生まれのフランス系のクォーターつまりはクレオールで、16歳でクラリネットを買って独学でマスターしたというが楽譜は読めなかった。17歳の夏から様々なバンドで仕事をしたという。32年にはルイジアナ州レインでエヴァン・トーマスのバンド(バンク・ジョンソンも参加していた)でも演奏したが、トーマスはステージ上で殺されるという事件が起こりバンドは解散を余儀なくされる。
バンドが解散したため、ニュー・オリンズに戻りたまにユーレカ・ブラス・バンドで演奏する程度で、波止場人夫として働いていた。そして42年にジャズマン・レーベルに録音するためにニュー・オリンズに来ていたバンク・ジョンソンに初レコーディング呼ばれて、折からのニュー・オリンズ・リヴァイヴァル運動の波に乗り一躍脚光を浴びることになった。
当初バンク・ジョンソンはクラリネットには、ビッグ・アイ・ネルソンを起用しようと思っていたが、彼が病気だったために誰かクラリネットを探さねばならなくなり、その時バンクはエヴァン・トーマスの楽団で一緒だったルイスを思い出したという。
先ずはアメリカン・ミュージック・レコード(American music record 以下略してA・M)である。A・Mはバンク・ジョンソンと往復書簡をやり取りし、1939年『ジャズメン(Jazzmen)』という本の第1章『ニューオリンズの音楽』を寄稿し、バンクに会いに行った探検隊の一員ウィリアム(ビル)・ラッセルが創設したレコード会社。マイナーもマイナーなインディーズ・レーベルです。しかしラッセル氏が古いニュー・オリンズ・ジャズの保存に取り組んでくれたことまたそのマイナー・レーベルのことを知って日本での販売のために東奔西走してくれた河野隆次氏のお陰で、A・Mは日本でも発売され、僕などでも聴けるようになっているのです。人間が人間を、世の中を動かすとしたら、それは個人の真摯な情熱、それ以外はないのだということをまざまざと教えてくれます。
| Band leader & Trumpet | … | バンク・ジョンソン | Bunk Johnson |
| Trombone | … | ジム・ロビンソン | Jim Robinson |
| Clarinet | … | ジョージ・ルイス | George Lewis |
| Piano | … | ウォルター・デクー | Walter Decou |
| Banjo | … | ロウレンス・マレロ | Lawrence Marrero |
| String bass | … | オースティン・ヤング | Austin Young |
| Drums | … | アーネスト・ロジャース | Ernest Rogers |
| A面1. | ムース・マーチ(テスト3テイクス) | Moose march(test 3 takes) |
| A面2. | ディーズ・ドラフティン・ブルース(テスト2テイクス) | These draftin’blues |
続いては同日に"Jazzman"レーベルにレコーディングされた音源でこちらが本番(Jazzman盤)である。この"Jazzman record"は、これも探検隊の一人、ロス・アンゼルスのディヴ・スチュアート(Dave Stewart)が立ち上げたインディーズ・レーベル。スチュアートは、伝統的なニューオーリンズ・ジャズこそが本物のジャズであると信じていた純粋主義者で、1930年代中盤から圧倒的な人気を得ていたスイング・ミュージックを軽蔑していたという。彼は1939年ジャズ・コレクター向けの専門のレコード販売店を開いていた。彼はニューヨークで同じような活動をしていたミルト・ゲイブラーのコモドア・レコーズに範を取り、"Jazzman record"を設立する。そしてその第1回目のレコードは、1941年12月19日に行われたルー・ワターズのヤーバ・ブエナ・ジャズ・バンドによるものだった。
| A面1. | ダウン・バイ・ザ・リヴァーサイド | Down by the riverside |
| A面2. | パナマ | Panama |
| A面3. | ストーリーヴィル・ブルース | Storyville blues |
| A面4. | ボーリン・ザ・ジャック | Ballin’the Jack |
| A面5. | メイク・ミー・ア・パレット・オン・ザ・フロアー | Make me a pallet on the floor |
| A面6. | ウエリー・ブルース | Weary blues |
| A面7. | ムース・マーチ | Moose march |
| A面8. | バンクズ・ブルース | Bunk's blues |
| A面9. | イエス・ロード・アイム・クリップルド | Yes , lord I'm crippled |
さて、僕の持っているレコードは左。このレコードをどのような経緯で入手したか全く覚えていない。ジャケットが無いが、キング・レコードでレコード番号は<SR-3134>とある。ジャケットもなく、ただラベルに記載されたものを信用した。<見本品>、<非売品>とあるが、収録曲は、録音日、メンバー、曲目が1942年6月11日Jazzmanレコードに収録したものと一致する。ただし、「初期のバンク」の解説によれば、6月11日付でJazzmanから出されたのは12曲とある。3曲足りない。Webを見ると”Interview by Eugen Williams”という記載が3面分ある。ここに収録された9曲とインタヴュー3面分とで12面ということで間違いないだろう。因みにキング・レコード<SR-3134>を検索すると、右のジャケットが出てくる。しかし収録内容を記載したものは見当たらない。右のジャケットの中身は左のレコードと解釈して次に進もう。
また僕が不思議に思うのは、日本のトラッド・ジャズ研究の第一人者と思える河野隆次氏は、ウィリアム・ラッセル氏と直接交渉を行い、氏のアメリカン・ミュージックの日本発売を成し遂げた。その他にも幻の名盤として名高かかったジョージ・ルイスの『ジャズ・アット・オハイオ・ユニオン』の日本での発売まで成し遂げた偉大な人物だが、氏のJazzmanレーベルに付いてのコメントはあるのだろうか?もしかすると右のレコードには河野氏の解説があるかもしれない。
最後はジャズ・インフォーメイション盤である。日本では、「伝説の巨人、バンク・ジョンソン」(Commodore XM-31-MSD)として日本コロンビアから発売されている。5人の探検隊の内の一人、ニューヨークのユージーン・ウィリアムスが、少し後の10月2日に再びニューオリンズを訪れ、サン・ファン・ホールを借りてレコーディングを行った。
| Band leader & Trumpet | … | バンク・ジョンソン | Bunk Johnson |
| Trombone | … | アルバート・ワーナー | Albert Warner |
| Clarinet | … | ジョージ・ルイス | George Lewis |
| Piano | … | ウォルター・デクー | Walter Decou |
| Banjo | … | ロウレンス・マレロ | Lawrence Marrero |
| String bass | … | チェスター・ザルディス | Chester Zardis |
| Drums | … | エドガー・モズレー | Edger Mosley |
本来はTbにジム・ロビンソンを呼ぶ予定だったが、不在のためアルバート・ワーナーが入った。またBとDr最初のスペリオア・ジャズ・バンドから移動がある。
| A面1. | スリラー・ラグ | Thriller rag |
| A面2. | 私が死んだら | When I leave the world behind |
| A面3. | ウエアリー・ブルース | Weary blues |
| A面4. | フランクリン・ストリート・ブルース | Franklin street blues |
| A面5. | ブルー・ベルズ・グッドバイ | Blues bells goodbye |
| A面6. | ビッグ・チーフ・バトル・アクス | Big Chief battle axe |
| B面1. | ソビン・ブルース | Sobbin' blues |
| B面2. | ダスティ・ラグ | Dusty rag |
| B面3. | ヤカ・フラ・ヒッキー・デュラ | Yaaka hula hickey dula |
| B面4. | シャイン | Shine |
| B面5. | 過酷な人生 | Sometimes my burden is so hard to bear |
| B面6. | ソビン・ブルース その2 | Sobbin' blues No.2 |