ラッキー・トンプソン 1947年
Lucky Thompson 1947
<Date&Place> … 1947年2月8日 ニューヨーク・カーネギー・ホールにて録音
<Personnel> … ビリー・ホリデイ・ウィズ・ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・オーケストラ(Billie Holiday with Louis Armstrong and his orchestra)
ルイのバンドの前回1946年9〜10月吹込みからの移動。
Trumpet … ルイ・グレイ、ファッツ・フォード ⇒ チーフィー・スコット、トーマス・グライダー
Trombone … ワデット・ウィリアムズ、ナット・アレン ⇒ オルトン・ムーア
Alto sax … ドン・ヒル ⇒ アーサー・デニス
Tenor sax … ジョン・スパロウ ⇒ ラッキー・トンプソン
Baritone sax … アーネスト・トンプソン ⇒ ジョン・スパロウ
Drums … エドモンド・マコンニー ⇒ シドニー・カトレット
<Contents> … "Billie Holiday/Live and private recordings in Chronological order"
record3.B面4.「ドゥ・ユー・ノウ・ホワット・イット・ミーンズ・トゥ・ミス・ニュー・オリンズ」(Do you know what it means to Miss New Orleans)
ルイ・アームストロングとそのバンドがカーネギー・ホールへ出演した時に、ビリーは客演したものと思われる。映画『ニューオリンズ』の挿入歌。最初にルイが歌い、続いてビリーが歌う。正に映画の再演である。ビリーの方がより崩して歌っている。インストのソロは無いので、トンプソンはアンサンブルに加わっているだけである。
<Date&Place> … 1947年4月22日 ロスアンゼルスにて録音
<Personnel> … ラッキー・トンプソンと彼のラッキー・セヴン(Lucky Thompson and his lucky seven)
<Contents> … 「エスクァイアーズ・オール・アメリカン・ホット・ジャズ」(Victor VRA-5018)
| B面6. | ディキシーからバップへ | From Dixieland to Be-bop (Condon meets Gillespie) |
| B面7. | ジャスト・ワン・モア・チャンス | Just one more chance |
| B面8. | ブールヴァ―ド・バウンス | Boulevard bounce |
「ディキシーからバップへ」
解説の油井正一氏によると、当時エディ・コンドンを主導者とするディキシーランド・ジャズと新興勢力ビ・バップが入り乱れ、ファンもお互いの主張を譲らなかったという。そこでレナード・フェザー氏は、「タイガー・ラグ」風の古風なコード進行を使ってアレンジを書き、最初と最後をディキシー風に、中間部をビ・バップ風に演奏する皮肉な作品を作り上げたという。
ミルズのドラムのイントロで始まる。ヘフティがディキシーの演奏をするのを聴くの初めてだが、ソロのマーマロサ(P)、ケッセル(Gt)、トンプソン(Ts)辺りからバップっぽくなってくる。そしてエンディングはヘフティのリードするディキシーとなる。
「ジャスト・ワン・モア・チャンス」
これも解説の油井正一氏によると、1939年秋に吹き込まれたコールマン・ホーキンスの「ボディ・アンド・ソウル」に刺激されて、世のテナー・サックス奏者はこぞって独演レコードを世に問うようになった。これはそうしたレコードの1枚で、当時まだ新人テナー奏者であったラッキー・トンプソンがその意気込みで吹き込んだレコードなのだという。ということでトンプソンがフューチャーされる。サブ・トーンの活かし方などホークよりもベン・ウエブスターに近い感じがするが、見事な演奏である。
「ブールヴァ―ド・バウンス」
ベニー・カーターの作編曲。彼の都会的なセンスが活かされたアンサンブル・アレンジに続いて、ヘフティのTpの後、カーターのAsソロがフューチャーされるが、これまでの彼の吹き方とは異なる感じがする。やはりバップに影響されたのだろうか。そして短いマーマロサのPソロが配され、アンサンブルに戻って終わる。
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